天城越えと浄蓮寺。


社交的で物怖じしない白い肌に栗色のショートヘアのM。
細身で手元の指輪が輝いて見えた友達思いのK。
丸味を帯びた目元と頬や口元からほのかな温かみさえ感じるY。
皆独身だが、Kだけはすぐに結婚しそうな予感がした。
女が複数集まれば、ある種の嫉妬心やら争いが起こりそうなものだが決し
てそんなことはなかった。
互いに車を出し合っては、よく仕事の合間にドライブに出かけたものだ。
車を持ってた私は、彼女達の足になっていたのも事実だった。
時に澄んだ青空の下、太陽の光を眩しいくらいに浴びて湾岸沿いの道を
走り続けることもあった。
どこか行きたい所を提案した時も大抵いい返事がかえってきた。
表立って彼女達に否定されることはなかったのだ。
だから、ある意味気楽だった。
でも本心では彼女達から嫌悪されていたのかも知れないけど…。
あくる夜、彼女達から地元のカラオケに誘われた。
まるでコンテナのような形状をした色鮮やかな印象のカラオケBOXだった。
それほど待たずして部屋に入り、メニューを片手に一通り目を通したあと
軽食やソフトドリンクなどを決め、Mがフロントに電話を入れる。
その間クーラーの温度設定や照明の明暗を調整し、分厚い本を膝に抱え
選曲予約を入れていくのだった。
中でも印象的だったのが、Yが歌う石川さゆりの「天城越え」だった。
実際、この曲は一度聞くと忘れられないくらいインパクトがある。
聞いてる者までもが、その妖艶で念のような女の情感を受けてしまう。
「浄蓮の滝」や「山が燃える」の歌詞からも強烈な何かを感じた。

当時の事を思い浮かべながら、今回ブログを書いてみました。

ただカラオケへはもう行かないほうがいいと思いました。

伊豆や静岡へは車で一度、その約十年後に踊り子号で訪れたことがあります。観光地ですが、もしかして特別な土地なのではないかと感じました。

例えば、天城山でも不可解な心中事件が起こっています。

大学生の大久保武道(当時20歳)と、同級生の愛新覚羅慧生(あいしんかくらえいせい当時19歳)が、拳銃で頭部を撃ち死体が見つかっています。1957年12月10日。

今はないですが「浄蓮の滝」のそばに浄蓮寺が建っていたようですし。可能性としては、浄土宗か真言宗ではなかろうかと推測しますが…。

真言宗の火まつりや五山送り火を彷彿させるのが「山が燃える」の歌詞です。そして、ゾロアスター教の火を通してアフラ・マツダを崇めているシーンを思い出します。

そしてあるお店に入った時、内装やそこに飾られたものが全体的にオリエンタル調でエキゾチックだったのですが、これこそペルシャ風でソロアスター的だったのだと後々気が付いたのでした。

2018年 7月17日