美しいものに包まれる。

最近、景色や自然について見入ってしまうことが増えていきました。

それまでは、作られた映画や芸術や有名人を見ては魅了されていることが多かったんですよね。

神様が存在していて全てを創造して下さっていたからだと理解した時、目に入ってくる景色が別世界に感じました。

どうしてこんなにも美しいのだろうと感動しています。そしてそれらに包まれて生きている自体、素晴らしいと思えました。

でも、世の中に溢れる情報やメディアの流す情報に触れると不安感が増し、頭が混乱していくんですよね。全く逆でした。

調べるとサタンの画像や数字にぶつかり、知らず知らずそれが強いものなのだと洗脳されていった気がします。ずっと間違っていたんですよね、考え方が。

この時代に神様が本当にいらっしゃって、私たちを愛してくださっていたのだと知れた今、感謝しています。

この世界には、沢山の動物や植物や食物が数え切れないほど存在しており、きっとこれには深い意味があるのかも知れないと思えたんですよね。

人間も同じで皆それぞれ違った性質で生まれてきて、名前も親も環境も違って今まで生きてこれたのだなと感じました。

世の中のシステムは、個性をつぶすような流れでこれはとても悲しいことだと思えました。人々が苦しむんですよね。

違うものに触れた時、やはり心が苦しいです。苦しいから求めて生きていると、きっと出会えるのだと感じ、感謝に変わりました。

2017年11月06日19:00

重なりあうハーモニー。

バランスの取れたもの調和のとれたものは本当に心地よく、人間にとって良いもの大切なものなのだと深く感じることがあります。

合唱曲を聞いた時、男性の低いパートと女性の高いパートが揃って歌声が響き渡った時、それぞれいい所が出ていて感動に包まれました。

歌詞が聖書っぽく感じてとても引き込まれたのですが、最後の方は自分中心を強く感じる歌詞だったので、はっとしました。

勇気づけられる歌詞で良いイメージでしたが、自分中心でやっても最後は上手く行かないだろうなと頭に浮かびました。

音楽も神様が創造してくださったけど、サタン側が破壊してきたのだとそこから感じられました。いいなと感じるものは、聖書っぽいと感じるんですよね。

頭に焼き付くけど、何かひっかかるんですよね。すっきりせず、心かもやもやしてしまいました。

以前、何人かで話し合いをしてその場を仕切っていたつもりでしたが、主張を貫こうとした時、後から反発がきて苦しんだ経験があります。

ルカによる福音書13章でイエス様の愛を感じる場面が少しあるのですが、次のことを思い出しました。数人程度でしたが、集めようとしても反発された時がありました。

自分の思う通りに進めようと思うと、何か一筋縄ではいかないと感じたんですよね。皆考えも違うから、まとまらずに反発しあうんですよね。

その事と照らし合わせて読んでいるうちに、イエス様はやはり愛の方なのだと感じるんですよね。

2017年10月31日18:00

計算された世界 美しさ。

肌寒かった曇り空の日、白く際立っている鳥を見かけました。群れで飛び交う鳥たちも。遠目からだったのですが、おそらくダイサギだったかと思います。

この二種類の野鳥を見た時、凄く綺麗だなと感動したんですよね。あの一定の間隔を保つ鳥の群れ。あの流線形。あの白さ。細く長い足で大きな翼を支えている姿。

もし、今のような地球でなく、鳥がさえずったりたたずんだり、大空を飛んだりしていなかったら一体どんな景色だったのだろうと考えてしまいました。

群れで飛び交う鳥たちがいなかったら、自然を通して聞こえていた音が、もし存在しておらず消えてなくなってしまったらと。

過去に、ツルの絵本を読んだことがあります。そのツルは孤独で家族もいなくて、ルールを守らなかったからなのか、頭をつつかれて血を出して痛い思いをしていました。

孤独で痛い思いをしてるツルを見ては、可愛そうだと思いました。受けた試練は大変だったけど、最後は孤独から解放されていきました。

自分もこんな風に孤独を感じていたんですよね。確かに痛くて大変ですが、それを乗り越えたり耐えたりすることが大切なんだと思えてきました。

ツルだけ見てると悲しみで終わりますが、ツルが生きていくための恵みもたくさん受けていたんだなと感じました。

太陽、雲、風、雨、大空、大地、海、酸素があって、植物や動物や人間など沢山の生物や物質が溢れているから生きていられるのだなと思えました。

もう数え切れないほどの、万物に囲まれていること自体、物凄いことなのだと感じたんですよね。

他には、パソコンやスマホに関しても本当に感謝しています。悪用して、問題を起こすのは良くないですが。

一つの物から膨大な情報を知り得たり、薄型の物や小型で便利なだけでなく、必要なアプリを付属して多機能に活用できる点もありがたく感じています。

この世の中で、有益なものに囲まれて生きていけるということが、とても恵み深いことだったのだと感じ感謝に変わりました。神様の事を教えて下さったRAPTさんは、愛の方なのだと感じました。

2017年10月27日18:00

歌や音楽が苦痛を拭い去る。

一時期、掃除をしながら健康になりたいと思い、熱心に掃除をしていたことがありました。

その時、断捨離なども流行っていて洋服などを買った時、買った分だけすぐに捨てるように心がけていました。

不要なものが溢れていて、必要に応じて捨てることで部屋もすっきりとし、整理整頓することで物も失くさずに済むのでいいこともありましたね。

でも、料理は違いました。ピザを焼いたりパンを焼いたりすることは好きでしたが、毎日作らなければいけない料理は、苦痛そのものだったんですよね。

最近、健康のためにも自炊することが大切だということに気づき、野菜中心に調理することを心がけるようにしました。

野菜の皮むき、カット、調理、洗い物などを含めると結構な時間を要するのですが、それがあまり苦痛に感じなくなりました。

以前は、玉ねぎをみじん切りにすると目がしみるなど野菜の下準備に嫌な思いを抱くことが多かったんです。

でも、RAPTさんのブログで配信される賛美歌を口ずさんだり、頭の中で思い出しながらその作業をすると、苦痛を感じることがなくなったんですよね。

本当に神様の働きは凄いと感じています。苦痛や苦手なことを拭い去って下さり、大切なことだと気が付かせてもらえたのは、ありがたかったです。

以前は、通勤や移動時に必ず音楽を聴いていたんですが、神様に出会い最近の賛美歌に出会ってからは既存の音楽を聞かなくなってしまいました。

苦手だった調理や洗い物も賛美歌を共にすると楽しいし、はかどるということに気づけたのは嬉しかったです。

2017年10月25日17:00

言葉と天気の不思議。

天気の変化や季節が廻ることを一年を通して体験し、その度にイメージや先入観を持つことがありました。

野外イベントで雨にぶつかり計画通りにいかず運が悪いと感じ、雨女のレッテルを張られたり、不運だなと嫌な感情を持つことがありました。

テレビやメディアや占いなど世の中で流出している言葉を通して、嫌な感情や悪い考え方を植え付けられていたのだと感じました。

言葉とは、人間を落ち込ませるようなやる気をなくすようなものに思えたんですよね。存在を排除されるような。

人と比較しては否定的な言葉をかけ、個性をつぶしてしまうような悲しい言葉でした。相手を人格否定しては、自分優位にさせる言葉だったのかと。

言葉や態度で傷つけあうのは、悲しいことです。それも身近な人を通して。学校、家庭、職場、恋愛などで。

少し前に、ある作家の格言のようなたぐいの言葉を読んだのですが、求めていたものと違っていたんですよね。

確かにそうだけど、解決にはならないんです。感情移入は出来たとしても、もやもやしたままでした。それで、ダラダラ読み続けてしまうのかなと感じました。

でも、神様の御言葉に触れた時、驚いたんですよね。あまりにも違うと。頭がすっきりできたんですよね。

天気も似ていると感じました。今まで雨に対していいイメージはなかったけど、雨さえも余り気にならなくなってしまうのかと。

むしろ、雨は静かに過ごせていいなと感じたり、一休みできていいなと思えたり、喉や肌の調子も良くなるような気がしたんですよね。

言葉や天気に対してのイメージも少しずつ変わっていくのかなと感じました。

2017年10月21日14:17

そよ風が頬をなでる時。

夜道を歩いた時、暗いながらもその空の壮大さ、月の美しさ、自然の力を改めて感じることがありました。

その全てが人間にとって必要であり、不足すると生きていけずいつも神様が装って下さっていたのだと感じました。

雲から見え隠れする満月もとても神秘的で綺麗でした。上手く撮影できなかったのですが、見たこともないくらいきれいな色合いだったんですよね。

今までも何度も空を見上げていましたが、その時は喜びの感情が沸き上がりました。

頭の中から、不愉快な感情が消えて喜べるということは、肉体にも心にも良い事なのだと思えました。ずっと覚えていたい。記憶から消し去りたくないといった光景でした。

他には、放射状にはじけたような雲がいくつか浮かんでいて、そのようなことは初めてだったので感激してしまいました。

いつもよりも星が輝いていて、空気も澄んでいてとても嬉しい気持ちになりました。

こんな時、神様を感じているのかなと思いありがたく感じられます。

のどの調子があまりよくない時も、そよ風を頬に感じ、雨が落ちしっとりとした空気に癒され平安な時間が過ごせた時、神様に感謝しました。

この時代に神様の存在を知り、聖書や賛美歌に出会えたことは、とても貴重なことなのだと実感しました。良いものを与えて下さる神様は、愛の存在なのだと感じました。

2017年10月19日22:37

一時停止時に目に焼き付いたこと。

車で運転して出かけた際、交差点で信号待ちしてふと公共物に目を見張る瞬間があります。

そんな時に、シャッターや橋脚や高架下などで目に入ってくる文字やマークに、じっと見入ってしまう事が何度かありました。

やはり作られたものが、破壊されていくのを目にするのは、悲しいと感じました。

N.Yの電車にも描かれていたのを見かけたことがあります。壁に書かれているのはYouTubeで見ましたが、逆五芒星とか十字架が呪いに感じたんですよね。

これも、サブリミナル効果に少し似ているかも知れないと感じました。

車が停止している数秒か数分の間の出来事なのですが、景観の色彩とその文字やマークにギャップを感じて脳裏に焼き付いていくのだと思えました。

そこから、虚栄や主張などを感じられるんですよね。気にならない時は、気にならずに済んだのですが、あちらこちらで見受けられるので色々な場所で描かれているのだと思えました。

グラフィティ

概説[編集]
また、1983年に公開された映画『ワイルド・スタイル』によって初めてメディアに通され、世界中に蔓延した。-中略-
社会問題[編集]
公園、橋、建物、地下鉄(列車)、窓などに描かれるグラフィティの多くは、所有者に許可を取っていない場合が多く、許可がない場合は器物損壊にあたる犯罪行為である。日本に限らず世界各国で社会問題となっている。

[引用元:wikipedia]

海外のブランド路面店でもこのようなことがあったようで、逆手にとってグラフィティ画像をTシャツにプリントし、高額販売されていたようです。

こういうものを見た後に自然の景観を見ると、やっぱり自然は心にも体にも目にも良いものだと感じられるんですよね。

2017年10月15日17:20

出会いは偶然ではないかも知れない。

以前、出店の金魚すくいで金魚を家に持ち帰ってきたことがありました。

この金魚もきっと生き残らないんだろうなと軽んじ、半日以上汲んでおいた水道水をバケツの中に入れてその一匹の金魚を飼い始めました。

三日後、その金魚は生きていました。いつもなら弱って死んでしまうはずなのに、この金魚は強いと衝撃を受けました。

いつも三日くらいで死んでしまうことが多かったんですよね。

七日目にバケツを覗いてみると、その金魚は生きていました。もしかしてこの金魚は特別なのかも知れないと思えてきたんです。

さすがにこのまま適当に飼うのはまずいと感じ、ホームセンターで水槽やエアーを購入しました。一匹では寂しいだろうから、華やかな金魚を三匹購入しました。

水槽に入れてみましたが、みんなで仲良くとはいかず、四匹の関係も落ち着かず、仲たがいしているように見えました。

金魚すくいですくった金魚は、色柄もシンプルで体も一番小さくて善良なイメージでした。

他の金魚は、きらびやかで大きくて、尾びれも綺麗でした。でも、性質が自己中心的で悪の要素が漂っていたんですよね。

一年経った頃から、その金魚が一匹ずつ死んでいってしまいました。そして、最後に残ったのが金魚すくいの金魚でした。

実は、その名前の一部が黙示録に出てるんですよね。これには、驚きました。数字や名前から神様や聖書を連想しました。

もしかして、これも偶然ではないのかなと思えてきました。

2017年10月11日19:34

屈辱さえ吹き飛ばしてしまう。

一年以上前に、二人の人との関係で苦痛を受け、悩んでいたことがありました。連絡しても、知らないふりというか聞き流していたような無視されていたような気がしました。

よくない感情が沸き上がってきたんですよね。どうにもならずに祈っていました。その時になったら裁いて下さるのかなと思い、途中からその祈りをやめてしまったのですが。

今となると、高慢さや執着心を消すための試練だったのかなとも思えたりします。やっとその悩みが解決したんです。だいぶ前の事だったので、その事をすっかり忘れていたんですよね。

二人のうちの一人は、謝罪があり嫌な感情を抱くことすら消えていました。これは、凄いことでした。憎むことなく感謝が苦手な自分が、感謝出来たのは驚きでした。

過去に有名な作家の本を読み、悩みが解決せず憎しみが増幅し、高慢に振る舞っていたことがありました。間違った考えを取り入れていたんですよね。

すぐ解決したならば、自分を過信し高慢に振る舞い、プライドを持ち、良くなかったのだと思います。何年も過ぎてから解決した時、これやっぱり神様かも知れないと感じたんですよね。

箴言2章に悟りと裁きについてありますが、あの時裁きの祈りを捧げてたから、神様裁いて下さったのかなと。今すっきり出来てるんだと感謝に変わりました。

以前は、環境を変えて悩みを解決しようとしていました。でも、環境を変えてないのに心がすっきりし執着心をなくせたのは、凄いことでした。屈辱さえ吹き飛ばして下さるのかと。

最近、野菜不足であまり良くないと感じ祈っていたのですが、知り合いの方から旬の野菜と果物を頂きました。やっぱり嬉しかったです。

料理は得意ではないですが、野菜は天ぷらにして果物もすぐ頂きました。こんな時、聖書に書かれている求めなさいという御言葉が身に染みて伝わってきます。

2017年10月07日11:20

あの頃見ていた海外ドラマや映画。

一時期、レンタルビデオ店で休日前になると海外ドラマや映画をよく借りていました。UFOとかオカルトをテーマにしたものが流行っていたんですよね。

エイリアンとか謎に満ちているように演出しつつも、そのドラマの主人公が美男美女だったので、風貌にすっかり魅了されました。

他にテレビで見た映画だと、グレムリンやE.Tがあります。どれもほとんど記憶に残ってませんが、何故かその時は夢中でした。ただ、E.Tの音楽だけは好きでした。

その後は、美男美女の海外ドラマも飽きてしまい、借りる気が失せてしまいました。

その中の一つにカニバリズムの海外映画がありました。その頃は、変だなと感じながらも感動という言葉につられて、素通りしてしまったんですよね。

関連の情報を調べるほどに、えげつなくて気分が悪くなってしまい、中断しざるを得ませんでした。今ようやく書けるようになったんですよね。

その映画は、アンデスの雪山で飛行機の遭難事故をもとに、食糧難で生存者が亡くなった仲間を食べるといった内容だったと思います。調べたら聖体拝領というものでした。

実はその映画の後、1999年アンデスのルライラコ山の標高6739メートルで、薬物漬けの三人の子どもがミイラで見つかっているんですよね。画像を確認する気になれませんでした。

やっぱり、見ると苦しくなってしまうんです。そういう場所だったのかと。それでますます神様や綺麗な空、美しい音楽を求めたくなりました。

聖書に記されてあるモレクやソロモン72柱で調べたバエルは、本当だったのだと感じてしまいました。

2017年10月04日10:47