書籍の装丁や帯の装飾に惑わされていた人生。


1990年代の始め頃は、流行ファッションや最新のメイク方法が知りたくて会社帰りに書店に寄っては、雑誌を立ち読みしたり購入したりしていました。

そして最新のファッションに身を包み、完璧なメイクを施し外見は華やかに彩られて気分が高揚しても、人生そのものが好転することなどありませんでした。

むしろ、段々と仕事も上手く行かなくなり失恋も経験し、悲嘆に暮れる毎日を送るようになってしまうのでした。

次第に外見を飾るためだけの本から自然と遠ざかるようになっていきました。

そして1990年代の中頃には、以前から読んでいたMISTYなどの占い雑誌と並行して、哲学、心理学、自己啓発系の本にも興味を持つようになりました。

休日に図書館に行ってフロイトとかユングの本を借りても全く理解出来ませんでした。

理解できないまま休日を過ごすので、疲れが取れるどころかますます重苦しい気分に陥っていた気がします。

また、心理学や自己啓発のような単行本は、駅前の書店や駅構内の売り場で目にしていたのでそこで購入し、帰宅するまでの帰りの電車の車内で読んだりもしました。

そのような単行本を本棚に並べては、寝る前にそれを読んで気持ちを落ち着かせようとも思いましたが、今考えるとただの暇つぶしにしか過ぎないと思えてなりません。

とにかく自分のほとんどの人生が悩みしかなかったので、すがりつきたいものを知らず知らず探していたのだと思います。

なかでも、ハードカバーの書籍で帯や装丁に製作費もかけ、人生を勝ち組へと導く夢のようなフレーズが書かれていたものに対して、強い疑念を持つしかありません。

もちろん、それ相応の価値を感じられれば良いのですが、必ずしもそうとは限らないからです。

今までは、この世の法則を知らないで生きてきたので外見だけで本を判断し購入していたわけです。

つまり、書籍の装丁や帯の美しいデザインに惑わされ、目新しい本が発売される度に何度も本を購入するしかありませんでした。

しかし、実際に読んでみると何故か買って損した気分に陥ることがなくはなかったです。

損した気分に陥ることを数えきれないほど経験してきたので、だんだん買う気も薄れていくのでした。

自己啓発の本にしても、自分自身の性格が極端に積極的になったり、何か急激に変化して人生が成功するなどあり得ませんでした。

また、本の記述で訳のわからない専門用語が出てくる度にさっぱり理解できず、そんな自分につくづく嫌気が指すしかありませんでした。

そのような経験をしていく中で、やがて本を購入せずに図書館でレンタルした方がいいのではないかと思考が変わっていったのです。

実際購入したほとんどの本は、資源ゴミとして処分してしまっています。

また、損得勘定で何事も判断する癖がついていたので、株や経済関連の本も立ち読みしましたが、全く理解できず時間と共に気持ちが悪くなってしまうのでした。

挙句の果てには占い雑誌を片手に持ち、占い教材を手に入れて少しでもお金に変わればいいと思い、占い教材詐欺にまで引っかかってしまったのです。

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今となっては、人はとても外見に惑わされやすい性質であるのだということを、自分の人生を通して深く痛感するのでした。

2017-04-06 18:00

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