あの頃は、月、木、星に願っていた。

先日の夜、駐車場から空を見上げると、小さな三日月が浮かんでいました。

月は形が変化しますよね。ある時は満月であり、半月の時もあり、スーパームーンの時もあります。

月のことで記憶がよみがえってきたんです。親に先立たれて、その親に未練があって深く悩んでいた学生に対し、専門家がこう答えていたんです。

月に思いをぶつけなさいと。その悲しさや寂しさを感じる夜に月に語りかけるといいのだと。そのことを思い出したんですよね。ネブラ・ディスクも思い出しました。

ネブラ・ディスク (英:Nebra sky disk、独:Himmelsscheibe von Nebra)

推測された使用法[編集]
-中略-
また、ケルト時代に、バルテン(Baltaine)祭りとして知られる5月1日の春祭りの日には、太陽は、ハルツ山脈南部のキフホイザー・マシーフ(塊状岩山地)の最も高い丘であるクルペンベルク(標高473.6m)の背後に沈む。そして降霜は、この日に終わる。春祭りは、今日ではヴァルプルギスの夜に受け継がれ、キフホイザー・マシーフは、生け贄の願掛けシャフトや伝説[3]など古代の宗教的象徴となっている。

[引用元:wikipedia]

木も同じでした。木を亡くなった肉親だと思って語りかけなさいと。抱きしめなさいと。

今となると、木とはオークツリー、ケルト、ドルイドだったと全てつながってしまうんです。

星は、学生時代にキャンプ先の芝生の上で膝をかかえ、夜空を見上げては流れ星をずっと探していました。待ち遠しかったんですよね。

「星に願いを」というディズニーソングが有名ですが、この言葉通り信じてたんです。当時はファンタジーでロマンチックで好きでしたね。

西洋占星術の雑誌もこういう雰囲気多いんです。空想的で現実離れしているんですよね。日常を忘れられました。

これらすべての願う対象が、あくまで天体=万物なんですよね。これを真に受けて、月や木や星に願ったり、語りかけていたんですよね。(笑)


追記.最近ブログの調子が悪く、今後画面が真っ白になり見れなくなる可能性が出てくるかもしれません。昨日は、コメント欄や画像が操作されていました。

その際は復旧作業に何日もかかり、ご迷惑をおかけするかも知れませんが、ご理解のほどどうぞ宜しくお願いいたします。

2017年08月30日17:52

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