母の手毬歌と千駄焚き。


旧約聖書 列王記上17章から、預言者エリヤがイスラエルのアハブ王に対して干ばつを預言していますが、それに対して雨乞いにまつわるものを今回調べて行きたいと思います。

干ばつが続いた時、雨を降らせるための儀式のようなものを雨乞い(あまごい)といいますが、この雨乞いは世界のあちらこちらで行われています。

エジプトやモンゴル、インドやロシア、古代ローマやヨーロッパでもこのような儀式を行っていたのだそうです。

日本はあらゆる地で行われていて、呪術が盛んな国だと再認識しました。自分もかなり恐怖体験をしてきたんですよね。

日本の雨乞い

日本でも各地に様々な雨乞いが見られる。大別すると、山野で火を焚く、神仏に芸能を奉納して懇請する、禁忌を犯す、神社に参籠する、類感(模倣)呪術を行うなどがある。

山野、特に山頂で火を焚き、太鼓を鳴らして大騒ぎする形態の雨乞いは、日本各地に広く見られる。神仏に芸能を奉納する雨乞いは、近畿地方に多く見られる。禁忌を犯す雨乞いとは、例えば、通常は水神が住むとして清浄を保つべき湖沼などに、動物の内臓や遺骸を投げ込み、水を汚すことで水神を怒らせて雨を降らせようとするものや、石の地蔵を縛り上げ、あるいは水を掛けて雨を降らせるよう強請するものであり、一部の地方で見られる。神社への参籠は、雨乞いに限らず祈祷一般に広く見られるが、山伏修験道の行者など、専門職の者が行うことも多い。類感呪術とは、霊験あらたかな神水を振り撒いて雨を模倣し、あるいは火を焚いて煙で雲を表し、太鼓の大音量で雷鳴を真似るなど降雨を真似ることで、実際の雨を誘おうとするタイプの呪術である。このタイプの雨乞いは、中部地方から関東地方に多い。-後略-

[引用元:Wikipedia]

また、遠野物語のエスペランティストの柳田國男は「母の手毬歌」の中で「千駄焚き」という雨乞いの儀式を書いています。

ネット上では、柳田国男 母の手毬歌 青空文庫で検索すると出てきます。「千駄焚き 二、雨乞いのさまざまの方法」から読むといいと思います。

千駄木という地名は、東京大学も近く徳川家にも関連しており、江戸時代には徳川家康に仕えた武家の屋敷もあったようで近代でも様々な著名人が名を連ねています。

文豪の川端康成、北原白秋、森鴎外、高村光太郎がその地で生活を営んでいました。特別な土地なのでしょうね。

静岡県西部の海沿いでは、神社で鐘を鳴らし続けて雨乞いをし、土佐の山では鐘と太鼓を打ち鳴らし踊っていたそうです。

和歌山県の岩代では蟹を中心に踊山(東岩代光明寺の裏山の中腹の「踊り段」)で踊り、蟹を海の沖の岩場に置いたり、他にも石地蔵を縄で幾重に巻き付けて川へ沈み込ませたりもあります。

山口県北の海沿いでは、蛇を竹籠の中に入れて水に沈めていたのだそうです。岩手県の遠野地方にも千駄木があることを知り驚きました。柳田国男は遠野物語も書いてますから。

長崎県の下五島久賀島(しもごとうひさかじま)、佐賀県の厳木(きゅうらぎ)、大分県の玖珠(くす)でもあるそうです。

これらをセンダキもしくは千焚きといい、山口県の見島では麦わらを佐渡の島では薪を使って千焚きあるいは千駄焚きをしていたようです。

2017-04-19 18:00

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です